Secret dream



翌朝、ジェレミアが目を覚ますと、すぐ横で寝ていたはずのルルーシュの姿は消えていた。
誰もいない室内をぐるりと見回すと、ベッドサイドに真新しい着替えが用意してある。
ジェレミアはそれがなになのかわからず、首をかしげながらもベッドから降りると、ルルーシュの姿を探して、キッチンへと向かった。

「おはよう・・・ございます」

声をかけられて、振り向いたルルーシュは、そこに立っているジェレミアの姿に、眉を顰めた。

「・・・なんだ、まだ着替えをしていないのか?」
「・・・着替え?」
「ベッドの横に用意してあっただろう?」

言われて、ジェレミアは驚いたような顔をしている。

「もらっても、いいの・・・ですか?」
「お前の為にわざわざ用意してやったんだ・・・さっさと着替えて来い」
「は、はい!」

嬉しそうに返事を返して走り去るジェレミアの背中を見送ったルルーシュは、穏やかな笑みを浮かべていた。
無理にジェレミアを追い返そうとする気は、とっくに失せている。
だから、着替えだけでなく、身の回りの必要なものを、ジェレミアの為にわざわざ揃えてやったのだ。
ルルーシュの役にはまったくたたないジェレミアだったが、ナナリーの話し相手には丁度よかったし、見よう見まねで、目の不自由な妹の食事の世話とかも、少しはできるようになっている。
知能が低いながらも、学習能力はあるようだった。
まもなくして、着替えを済ませたジェレミアは、ルルーシュの前に戻ってきた。

「食事の支度ができたから、顔を洗ってからナナリーを起こしてきてくれ」
「はい!」

素直な子供のように、ジェレミアは従順だった。
そのジェレミアにナナリーのことを任せて、ルルーシュは年末の大掃除やら買出しやらに大忙しである。
正月用のささやかな御節の支度も整って、気がつけば今年も最後の一日になっていた。
あれから、クロヴィスの幽霊は一度もルルーシュの前に姿を現していない。
出るなら大晦日の今日あたりが一番怪しいと、ルルーシュは睨んでいる。
深夜になって除夜の鐘が鳴り響く頃に、寝室の明かりを消したルルーシュはベッドの端に腰掛けて、足を組みながら今や遅しとクロヴィスの現れるのを待ち構えていた。
しかし、予想に反して、クロヴィスの幽霊は一向に姿を現す気配はなく、ルルーシュは苛立ちを募らせながら、無意識のうちに難しい表情を浮かべていた。
それをベッドの中から、眠そうな目をしたジェレミアがじっと見つめている。
重い瞼を必死に上げながら、不機嫌な顔をしたルルーシュの様子を窺っていたジェレミアは、堪り兼ねたようにルルーシュの服の裾を引っ張った。

「・・・なんだ?眠いのなら、先に寝て構わないんだぞ?」
「嫌・・・一緒が、いいです」

言いながらも、ジェレミアの瞼は半分落ちかけている。
放っておいても、そのまま寝てしまいそうだった。
その容姿に似合わない幼さに、ルルーシュは笑みを浮かべて手を伸ばしかけた。
髪を撫でてやろうと思ったのだが、指先が触れる前に、その動きを止めた。

―――・・・俺はなにをしているんだ!?

ふと、我に返って、赤面する。
慣れとは恐ろしいもので、何日か一緒にいただけで、この子供のようなジェレミアが当たり前になってしまっていたルルーシュだったが、よくよく考えると、それは異常だ。
行動はまるで子供だが、ジェレミアは自分より背丈もあるし、見た目も年上である。
それに、ジェレミアはルルーシュが敵対しているブリタニアの人間だ。

―――なんで俺がこいつの面倒をみなければならないんだ!?

しかも、ジェレミアに思いっきり甘い顔をしている自分に気がついて、ルルーシュはわざとらしく顔を顰めた。
意識の半分以上が夢の中に落ちかけているジェレミアは、ルルーシュがなにを思っているのかなど、知る由もなく、幸せそうな顔をしながら、夢と現を彷徨っている。
あまりにも無防備なその寝顔に毒気を抜かれて、ルルーシュは溜息を吐いた。
何れにしろ、厄介者を持ち込んだクロヴィスが姿を現さなければ、このジェレミアをどうすることもできない。
なかなか出てきてくれないクロヴィスに、待ちくたびれたルルーシュは諦めて、体を投げ出すようにベッドの上に横になった。
そのルルーシュの体に、ジェレミアの腕が巻きついてきて、体と体がぴったりと密着する。
ルルーシュとしては、あまり嬉しくない行為だが、ジェレミアは無意識のうちにルルーシュに抱きついて、肩や腕に頬ずりをしているようだった。
しかも悪意がないのだから、それを咎めたところで、それがなぜいけないことなのかがジェレミアにはわからない。
だから、ジェレミアの気が済むように、眠るまで好き勝手にさせておくしかできないルルーシュは、完全な「お手上げ」状態である。
ジェレミアの懐く行為が、日毎にエスカレートしているような気がするのは、ルルーシュの気のせいだろうか。
そんなことを考えながらも、ジェレミアに懐かれているルルーシュは瞼を閉じた。
しかし、ジェレミアを無視して眠ろうとしたルルーシュだったが、突然何かに驚いたように閉じた瞼をぱちりと開けて、慌てた様子で体を起こす。

「・・・お、おい、ジェレミア!お前、なにをするんだ!」

それまでルルーシュの体に擦り寄っていたジェレミアの手が、ルルーシュのパジャマの襟元から中へ滑り込んできたのだ。
その手を掴んで、ルルーシュはもの凄い形相でジェレミアを睨みつけたが、寝惚けてでもいるのか、ジェレミアの反応はいまひとつ鈍い。
睨まれても怯える様子も見せずに、掴まれた手を振り解くと、起き上がったルルーシュの体を抱き倒した。
ルルーシュの胸に顔を埋めて、頬をすり寄せるジェレミアに、全身に鳥肌が立つのを感じたルルーシュは、それを押し退けようとするが、しっかりと抱き締められていて、どうすることもできない。

「ジェレミア、いい加減にッ・・・」

言いかけたルルーシュの耳に、どこからともなく低い笑い声が聞こえた。

「ク・・・クロヴィス、か!?こいつをなんとかしろ!」
「なんか・・・悪い時にお邪魔をしたみたいだね・・・?」
「冗談言ってないで、この馬鹿をなんとかしろと言ってるんだ!」
「冗談?」
「可愛い弟が貞操の機器に瀕しているんだぞ!」
「・・・”可愛い弟”?散々私を邪険にしたくせに・・・こんな時だけそんなことを言うのだね?」
「ふ、復讐のつもりか!?」

これが自分を殺した相手への復讐だとしたら、かなり陰湿な復讐だ。
しかしクロヴィスは、「まさか」と、おどけた顔をルルーシュに向けている。

「まぁ・・・可愛いかどうかは別として、お前を困らせるのは私の本意ではないからね・・・?助けてやりたいのは山々だけれど、ご覧の通り私は幽霊だから、実体のあるものには物理的な干渉ができないのだよ・・・」
「お前・・・ッ!何しに来たんだッ!?」
「いやぁ・・・ちゃんと仲良くしているのか心配になって、ちょっと様子を見に・・・」
「ふ、ふざけるなッ!さっさとこいつを回収しろ!!」
「ルルーシュ・・・そんなに慌てなくてもちゃんと後から回収するから心配しないでいいんだよ?」
「俺は今すぐ連れて帰れと言っているんだ!」
「・・・どうしてお前はそんなにせっかちなんだろうねぇ?」
「この状況でのんびりできるわけがないだろうが!」

噛み合わない会話に、ルルーシュの苛立ちはピークに達している。
それを宥めるように、「まぁまぁ」と、クロヴィスは暢気だった。

「そんなに怒らなくても、今のジェレミアなら無害だから・・・」

言われて、自分に抱きついているジェレミアに視線を落とせば、すうすうと気持ちよさそうな寝息を立てて眠っている。
クロヴィスの存在にも、まったく目を覚ます気配はない。
しかし、

「無害だろうがなんだろうが、俺はこんなやつに抱きつかれるのは嫌なんだよ!それに、こいつはお前の言った実験の事なんか何も知らないではないか?」
「知らないのではない。知能が低いから理解できていないだけだ」
「馬鹿!同じことだ!それではまったく役にたたないではないか!?大体、なんで俺のところにこいつを連れてきたんだ?」
「・・・おもしろそうだったから」

その一言に、ルルーシュの頭の中で「ぶちり」と、なにかが切れる音が聞こえたような気がした。

「お前の退屈しのぎの道具として、俺を利用したのか?」
「平たく言えば・・・そう言うことに、なるのかな?」
「ほぉ・・・?では俺は、お前に遊ばれていたことになるのか?」
「それは・・・まぁ・・・」
「確か、こいつはシュナイゼルの実験体とか言ってたよな?なら、それを俺が壊したらどうなるんだろうな?」
「ル・・・ルルーシュ!お前、なにを考えているのだ?」
「こいつを実験体として使い物にならなくしたら、困るのはお前か?それともシュナイゼルか?」

暗い笑みを浮かべたルルーシュに、クロヴィスの顔が引き攣っている。
こういう顔をしたときの弟が、一番恐ろしいことを半分しか血の繋がっていない兄だったクロヴィスは知っていた。

「な、なにを考えているのかは知らないが・・・わ、私は別に・・・」
「お前、随分とこのジェレミアに入れ込んでいるようだが、俺にこいつを預けたことを後悔させてやるからそのつもりでいろよ?」
「・・・ま、待ってくれ」

クロヴィスは本気で焦りまくっている。

「じゃぁさっさとこいつを連れて帰るんだな?」
「そ・・・それは、できない」
「どういうことだ?」
「このままでは、ジェレミアが兄上の玩具にされてしまう・・・」
「もともとそのつもりで実験体にしたんのではないのか?」
「最初はそのつもりで研究を続けていたのだろうが、あまりにも知能が低すぎて、兵士としては使い物にならないらしい・・・。折角私が手かけてきた崇高な研究を利用して作り出された最高の兵器が、兄上の夜の玩具にされてしまうのは、悲しいではないか」
「別に構わないだろ?実害があるわけではないのだし・・・こんな使えない男はシュナイゼルにくれてやれ」
「それはだめだ!ジェレミアは私が可愛がっていたのだぞ!いくら兄上でもそれは許せない」
「・・・つまり、嫉妬か?それならなぜ俺のところへ持ってきた?」
「ルルーシュなら、ジェレミアに押し倒されることはあっても、押し倒すことはなさそうだし・・・安全かなぁと思って・・・」
「・・・お、俺を馬鹿にしているのか?」
「いや、決してそう言うわけでは・・・ま、そう言うことだから、私の可愛いジェレミアをもう少し匿っておくれ」

自分の言いたいことだけ言い終わると、クロヴィスはさっさと姿を消した。
残されたルルーシュは、頭の悪い兄に馬鹿にされたような気がして、明らかに凹んでいた。
ジェレミアは何も知らずに、ルルーシュを抱きしめながら、眠りこけている。

―――こいつのどこがそんなにいいのだ?

ルルーシュには二人の兄の気が知れない。